国内外で、実際に情報通信技術(ICT)の活用などスマート水産の実装は進みつつある。
Summary
データを生かし 資源を把握・回復
水産資源の維持回復にICTは役立つ。代表例は新星マリン漁協(北海道留萌市)。同漁協のナマコ漁業者らは、乱獲により2011年時点で推定69トンまで減ったとみられていた資源量を、17年に98トンまで4割回復させた。回復に向け、複数の研究機関と協力、タブレット端末アプリに毎日の漁獲量や漁船の操業時間を入力。漁船にはタブレットに加え衛星利用測位システム(GPS)も取り付け「どの海域で何時間網を引いたか(漁獲努力量)」「実際の漁獲量」が分かったことで「どの海域にどれだけ資源量があるか」を分析した。漁獲を抑えるべきかを試算でき漁船ごとに漁獲枠を配分、漁獲サイズや漁期などの規則も厳格化。成果につなげた。
ICTでは膨大なデータをリアルタイムに集められる。現状、政府の行う各魚種の資源状態の評価は、限られた船のデータを基にするしかなく、かつデータの収集・分析に2年の歳月を要するため、漁業団体などから「根拠のデータ量が限られ、2年のラグもあるので信頼できない」と批判が多いが、ICTで直近のデータを多く集めれば、改善を見込める。
また近年は魚群の居場所に加え魚体サイズ・尾数まで推定する高性能魚群探知機や、漁獲物の写真を撮るだけで魚種や量を推定する技術の研究が進む。各海域の水温やクロロフィル(植物プランクトン量の指標)を衛星や水中センサーで推定する技術、特定の生物種が海域にどれくらい多く生息しているか推定する環境DNA分析など、環境要因の分析もしやすくなっている。より正確・迅速に、資源の増減やその原因を分析できる期待がある。
漁獲報告の手間を省く
資源管理に必要な漁獲データの提出が、一昨年施行の漁業法改正で多くの漁業者に義務付けられた。提出の手間を省こうと、オーシャンソリューションテクノロジー(OST、長崎県佐世保市)、ライトハウス(福岡市)、日本事務器(東京都渋谷区)などが、スマートフォンやパソコン用に簡単な操作で漁獲データを入力できるアプリを開発。データを生かし、漁業者の操業自体をやりやすくするよう工夫も凝らしている。
漁場や魚価を予測 付加価値化にも
OSTのサービス「トリトンの矛」は、漁業者の「いつ、どの魚を、どの漁場で、どれだけ獲るべきなのか」の判断に役立つ。漁船位置の衛星情報・海水温・操業回数・時間が手軽に記録でき、海況条件に加え、今後市況など、システムに蓄積されていくデータを人工知能(AI)で分析、漁場形成や水揚量を予想できるためだ。実証中の漁場形成予測を用い、宮崎の若手漁業者がベテラン水準の漁獲を実現した例もある。
3月には福岡で、同サービスを活用した実証販売を始めた。道の駅の魚にQRコードを張り付けて漁船名、操業者名、魚種名、魚体サイズ、血抜き加工などの付加価値を表示。さらに、血抜き加工など作業工程や、漁業者の魚や水産業への思いを示す動画も添え、消費者にアピールした。
水温・潮流・塩分など環境条件による漁場予測は、先述した企業以外にも官民複数の機関が研究中。生きた魚にセンサーを付けて回遊ルートなどを探るバイオロギングや、空からの映像で生物の分布を探るドローンなども開発が進む。
船団束ね効率向上 トレサ入れPRも
ライトハウスのサービス「ISANA」は、多様な漁業データを整理し巻網や引網の船団の漁場探索を助ける。複数の漁船でリアルタイムの魚群探知機やソナー、航跡などのデータを共有可能。客観的なデータで好漁場を選び、その漁場に無駄な燃油を使わず各船が集まれる。
同社含む複数企業の協議会「Ocean to Table Council(O2T)」ではISANAを活用し資源データの透明化、消費者へのPR・付加価値化に活用する。漁業者の記録した漁獲や漁場の情報、その後の流通経路の情報は改ざんを防ぐブロックチェーンの技術を使いて転送。万全のトレーサビリティーを確保している。昨年はフーディソン(東京都中央区)傘下の都内鮮魚店で実証販売を行った。
定置でも漁獲予測 流速見て出漁判断
日本沿岸の主力漁業である定置網だが、設置場所に来遊した魚が入り込むという構造なので、日ごとに海の状況によって漁獲結果が変わる。ただ、道内斜里町のサケ定置網では、漁獲量の予測を目指し、日本事務器のサービス「MARINE MANAGER +reC.」によってデータの収集を始めた。
斜里の漁場の環境観測センサーでは表・中・底層それぞれの海水温や流向・流速を集め、さらに漁船に付けた高性能魚探でサケがどれだけ来遊しているか推定。さらに船上の漁業者が目測した漁獲量速報と、市場での確定値を同サービス上で連携し「どの深さの海水温がどのくらいの時に漁獲が伸びるか」「漁獲量報告で漁業者の感覚と実際の値にどの程度の誤差があるのか」を分析する構想だ。現時点でも、漁業者が出漁前から流向・流速を把握できるため「今の流れだと出漁しても操業できない」などの判断が的確にでき、コスト削減に役立っている。
三重県の早田大敷(定置網)では、網の中に魚群探知機を付け、陸上から網内の様子を観察。出港前に潮流や漁獲量を予測している。
KDDI総合研究所(埼玉県ふじみ野市)はゲイト(東京都墨田区)が三重に置く定置網で、センサー付きブイや水中カメラからのデータを基に漁獲予想などを推進。漁船への観光客の受け入れも進め、漁獲予想を観光客の喜ぶ魚種を狙うためにも役立てる構想だ。
違反操業を防ぎ “正直者”守る
漁業管理を強めても、規則に従わず乱獲する漁業者がいれば、資源の維持回復はかなわない。水産研究・教育機構(横浜市)は、米IT大手グーグルの協力下にある米国の民間非営利団体(NPO)のグローバル・フィッシング・ウオッチと協力し、中国漁船の不法イカ漁などを監視。人工衛星からの船の光学画像・集魚灯画像・レーダーの情報や船舶自動識別装置(AIS)の情報を生かしている。
太平洋島しょ国などでは、船上のカメラを用い、漁船が規則を守っていることを証明する技術も開発が進んでいる。
漁獲速報を営業に コスト削減
水産庁は、漁船を電子機器漁港とつなぎ、漁獲速報やカメラ情報を送ることで、仲買への営業や資材業者からの補給の準備を整えたり、入港前に漁獲金額を試算したりする仕組みを普及したい構想を持っている。
[みなと新聞2022年5月19日18時20分配信]
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