みなと新聞

【みなと新聞】養殖魚の知的財産保護に関する水産庁指針(上)

2023.05.30

 種苗生産技術や配合飼料の情報といった養殖魚の生産に関する知的財産の流出を防ごうと、水産庁は3月、保護に関する指針を策定した。根拠法と法に基づく保護方法を列挙。ゲノム選抜による育種を例に、想定される不正と保護を目的としたコンソーシアム(共同事業体)の仕組みも解説している。本紙は2回にわたり「水産分野における優良系統の保護等に関するガイドライン」から一部を抜粋し、紹介する。

第1 本ガイドラインについて

1 本ガイドライン作成の背景

 農林水産省は、令和2年7月に「養殖業成長産業化総合戦略」を策定(令和3年7月改訂)するとともに、令和3年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定し、持続可能な養殖業を実現するために、育種研究、人工種苗の利用促進、ICTの活用等を推進することとしている。また、令和4年3月に閣議決定された水産基本計画において、人工種苗に関する生産技術の実用化等の推進の他、「水産物の優良系統の保護を図るため、優良種苗等の不正利用の防止方策を検討」することとされている。

 これまで水産物の優良系統の保護に関する議論は十分に行われておらず、どのような考え方や制度によるべきかについての整理や、優良種苗の不正利用の防止方策についての検討が必要となっている。

 今後、育種を推進していく中で、知的財産保護の必要性を認識し、特許、営業秘密等の枠組みを事業者は選択すること、又は組み合わせることができることを理解していくことは重要である。知的財産に関する権利・利益への侵害とされれば、訴訟等への対応といった時間やコストが必要となるため、事後の経済的・社会的な損失を回避するためにも、トラブルの回避を適切に図っていく必要がある。そのため、養殖関係者の知的財産保護への理解を深めることが、育種のより一層の推進を可能とする。

 以上のことから、本ガイドラインは、優良系統の保護の必要性に関する現状を整理するとともに、保護すべき対象や手法の整理、優良系統の保護に資する対応(保護が可能となる知的財産制度上の対応の整理、契約等の対応の在り方等)について、検討し、整理したものである。

2 対象となる読者

 本ガイドラインは、その読者として、養殖関係者一般を対象とする。ただし、優良系統の創出及び保護に密接に関連し、かつ、その主要な担い手になり得る養殖事業者を主たる検討対象として議論している。

第2 養殖業における保護(総論)

1 養殖業における知的財産保護の必要性

 我が国の養殖業における生産量は、昭和63年をピークとして、近年減少傾向にあるものの、漁業・養殖業生産量全体に占める割合は漁船漁業の生産量の減少により2割台前半を維持している。一方、世界の養殖業生産量に目を向けると、藻類養殖や内水面養殖の生産量が大幅に増加してきた結果、過去20年間において約4倍に拡大し※1、平成25年以降、漁業・養殖業生産量全体に占める割合は5割を超えており、漁船漁業による生産が頭打ちになっているため、養殖業への期待はますます大きくなっている。このような海外市場における養殖生産物に対する潜在的ニーズの高まりに加え、我が国の国内需要の人口減少・高齢化による長期的な減少傾向が見込まれているため、海外市場への輸出拡大の取組が進められている。

 また、我が国の養殖業では、養殖生産物の生産性向上、コスト低減及び収入性向上を目的として、様々な技術開発の取組が行われている。例えば、高い成長率や耐病性といった優良な表現形質(以下「優良形質」という。その具体的な意味は、後記第3・2・(2))を参照)を備えた種苗を作出することで効率的かつ価値向上に貢献する形質を持つ魚の作出を主目的とした育種研究や、魚類養殖業においては生産資材(特に餌代)のコストに占める割合が6~7割と大きいことから※2、価格の不安定な輸入魚粉に依存しない飼料効率が高く魚粉割合の低い配合飼料の開発、大豆、昆虫、水素細菌等を用いた魚粉代替原料の開発等が進められている※3。 

 我が国の養殖業の成長産業化に向け、これらの養殖に関する技術開発の推進は今後ますます期待されており、これに伴い、種苗生産技術や配合飼料情報等の養殖関連技術の知的財産の保護や外部流出防止の必要性に対する認識も高まりを見せている。

 しかし、我が国における養殖業を含む水産分野では、これまで、その事業や技術保護、特に知的財産の適切な活用に対する関心が高い状況にあったとは言い難い。例えば、養殖業の分野では、伝統的に技術や情報を幅広く共有する意識が強く、そのため、有用な技術や情報について国内外を問わず、無償で何ら制約なく開示する事例も必ずしも珍しくはなかった。その結果、本来であれば実施されるべきであった権利化又は秘匿がなされず、事業や技術保護が十分になされていない場合も見られる。

 もっとも、前述のとおり、養殖業における技術開発の重要性がますます高くなっていることに加え、養殖生産物の海外市場への輸出拡大が予想される現況がある。養殖生産物とともに、種苗生産技術や配合飼料情報等の知的財産が海外に流出すれば、我が国の高品質な養殖生産物の優位性が損なわれ、ひいては我が国の養殖業の競争力の低下が懸念されることから、知的財産の適切な管理・保護、外部への流出防止措置は極めて重要である。そのため、本章では、養殖業の生産から加工、流通・販売、物流、輸出に至るサプライチェーンを念頭に置いた事業の流れを踏まえた上で、養殖関係者が最低限把握するべき知的財産に関する考え方の基礎を説明する。

 なお、以下では、養殖業のうち、第3で後述する優良系統の保護に関わりが深い海面魚類養殖業を念頭において検討を加える。

2 養殖業における事業の流れ

 我が国の魚類養殖業(海面魚類養殖)は、地域や魚種ごとに違いはあるものの、主に、次の各養殖関係者によって担われている(図1)。 

 図1にあるとおり、我が国においては、これまで、魚類養殖業のサプライチェーンは、産地・地域ごとに、比較的小規模な養殖関係者が多数関与する形で担われてきた。また、魚類養殖業の分野においては、各地域の漁業協同組合や産地商社、各都道府県の水産試験場等が中心となって、地域の養殖関係者に対して技術指導や情報共有等が多く行われてきた。

 もっとも、そのような経緯も相まって、養殖関係者間においては、これまで、魚類養殖業の親魚養成、種苗生産、中間育成、給餌、飼料培養等の工程に関する技術情報、手法等は共有するのが当たり前であり、制限なく利用・提供されるべきとの考え方が一般的であった。その結果として、当該技術情報、手法等の持つ知的財産としての価値に対する認識が乏しく、知的財産として適切に権利化や流通・取扱の管理をする意識が醸成されてこなかった場合も少なくなかった。

3 養殖業における価値の源泉(保護の対象)

 上記2を前提とした場合、養殖業(魚類養殖の他、藻類養殖、貝類養殖も含む。)において保護の対象となる技術情報や手法としては、次の各事項が挙げられる(図3。例示であり、これらに限られるものではない)。

 より具体的には、次の技術又は手法等が、養殖業における事業価値の源泉になり得る(表参照)。

 魚類養殖業を例にとると、種苗生産において優良形質を有する魚を選択的に残す(選抜育種)技術・手法や、魚類が効率的に成長するための給餌のタイミング、給餌量や、水温、照度、音響等の給餌環境といった給餌方法に関する情報、中間育成における攻撃性を弱化する飼育密度、噛み合いを低減する水流といった効率的な飼育環境条件に関する情報は、価値の源泉として保護すべき情報に該当する。

 また、情報や方法といった無体物を中心に列挙したが、これに加えて、例えば、優良形質を有する親魚から採取した精子、卵、受精卵や種苗、新規開発の魚粉代替タンパクを用いた配合飼料や、沖合養殖に効果的な遠隔自動給餌システム、給餌情報管理システム、漁場モニタリングシステム等の機械、装置等の有体物も保護の対象となり得る。

4 養殖業における知的財産の保護方法

(1) 我が国の知的財産保護制度の概要

 ア 知的財産保護法制

 知的財産制度は、「知的財産」を保護するための法制度である。知的財産基本法(平成14年法律第122号)は「知的財産」として、次の3種類のものを掲げている(同法2条1項)。

 ①「発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)」、すなわち、人の創作的なアイデアや表現等である。

 ②「商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの」、すなわち、事業上の信用を表す標識(マーク)。

 ③「営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」。

 知的財産を含む「情報」(無体物)は、土地や建物等の「物」(有体物)と異なり、無償又は低廉なコストにより複製し、利用可能である。また、有体物を前提とする所有権や占有権の対象にはならない。情報は、これにアクセスできるものが自由に利用できることが原則である一方、何らかの規制又は制約がなければ、時間や費用を費やして生成した情報が他者に無断で利用される事態(いわゆる「フリーライド(ただ乗り)」)を招くおそれがある。フリーライドを放置すると、あえて、時間や費用を費やして知的財産を作り出すインセンティブ(動機付け)が減退し、結果として、社会的な弊害を生じる場合は容易に想定される。そのため、我が国では、次の2種類の法律により知的財産を保護している。

 ①知的財産の利用に権利を付与し、権利者に一定の範囲で知的財産を独占的に利用させる「権利保護法」(著作権法(昭和45年法律第48号)、特許法(昭和34年法律第121号)、意匠法(昭和34年法律第125号)、商標法(昭和34年法律第127号)等)

 ②知的財産に関する一定の行為を規制する「行為規制法」(不正競争防止法(平成5年法律第47号)等)

 農林水産業・食品産業分野における主な知的財産関連法の概要は、表のとおりである。なお、水産分野における営業秘密の保護については「養殖業における営業秘密の保護ガイドライン」でより詳細に説明する。

 イ 知的財産制度による保護の例

 魚の育成状況や生育環境の変化に応じて適切な量と種類の飼料を算出し、これを自動的に給餌するシステムを例にとると(図4)、以下のように知的財産制度を用いて、各種知的財産を保護することができる。 

 まず、自動給餌システムの技術内容(これを構成する各装置や方法を含む。)は、特許又は営業秘密としての保護が考えられる。また、自動給餌システムの設定パラメータ等は、特に特許性を欠く場合であっても、不正競争防止法上の要件(不正競争防止法2条6項)を満たす管理がなされている場合※7には、営業秘密として保護を受けることが可能である。

 次に、自動給餌システムの全体又は部分の形状、例えば、給餌装置の形状等に特徴がある場合には意匠(全体意匠又は部分意匠)による保護があり得る※8。また、意匠登録がない場合でも、自社の給餌装置の形態を模倣したと言えるような商品が販売等されていた場合には、不正競争防止法により保護される場合もある(不正競争防止法2条1項3号)。

 自動給餌システムに名称を付けて、販売等をしていく場合、その名称等を商標登録により保護することが一般的である。商標権を取得していない場合であっても、周知又は著名な商品等表示として不正競争防止法により保護される場合がある(不正競争防止法2条1項1号又は2号)。また、養殖した魚を販売する場合は、商標により、魚の名称等の保護を図ることもできるが、「関さば」のように、地域名と商品の普通名称の組合せから成る名称について「地域ブランド」としての権利化を図る場合、地域団体商標による保護も考えられる※9。さらに、地域ブランドとしての養殖魚の品質等の特性に一定の条件があり、その特性を維持した状態でおおむね25年間生産された実績がある等の条件を満たせば、「地理的表示(GI)」としての保護も可能である(例えば「下関ふく」)※10。 

 ウ 知的財産に関する権利・利益の侵害への救済

 知的財産に関する権利又は利益の侵害※11について、その権利者等は、侵害者に対し、これまでの侵害行為で権利者等が被った損害(損失)を補填する金銭の支払を求めることができ(損害賠償請求)、そして、今後も侵害行為がなされようとしている場合には、権利者等は侵害者に対し、侵害行為の差し止めを求めることができる(差止請求※12)※13。 

 その権利者等は、①損害賠償請求、②差止請求、③不当利得返還請求、④信用回復措置請求等を含む各種の請求が可能であり、私権に関する一般法である民法(明治29年法律第89号)(不法行為)と比較して、権利行使がより容易な場合がある※14。

 例えば、①損害賠償請求については、民法上、権利者等は、故意又は過失により法的に保護すべき権利又は利益の侵害があるとき、侵害者に対して、損害の賠償を請求できる(民法709条)。しかし、故意又は過失の立証は困難が伴うことがあるから、知的財産権又は知的財産の侵害については、損害賠償請求権の行使を容易にするべく、過失の推定規定がある場合がある(例えば、特許法103条)。また、損害額の立証にも困難が伴うことから、損害額の推定又は擬制規定が設けられている場合(例えば、特許法102条)がある。

 また、不法行為の場合、民法上、①損害賠償請求により救済を図ることが一般的であって、②差止請求権の発生が認められることは限定的である。他方、知的財産関連法制の中には法定の差止請求権を設け、より実効的な知的財産の保護を図っているものもある(例えば、特許法100条)。

(2) 知的財産の活用

 ア 知的財産の具体的な活用方法

 知的財産の活用方法には、次の各方法がある。

 ① 自ら実施又は利用する方法
 ② 第三者に実施又は利用させる方法(ライセンス)
 ③ 権利を譲渡する方法

 「①自ら実施又は利用する方法」をとる場合、知的財産権を単独で有するならば、第三者との契約で制限されていない限り、権利者は、知的財産を自由に実施・利用・使用できる。ただし、知的財産権を共有する場合、例えば、特許権については、特許発明の自己実施に他の共有者の承諾は不要であるが(特許法73条2項)、著作権については、自己利用であっても他の共有者の承諾が必要になる(著作権法65条2項)等、権利者であっても自由な実施・利用又は使用が制限される場合がある。

 「②第三者に実施又は利用させる方法(ライセンス)」をとる場合、知的財産の権利者は、その第三者との間で、第三者が実施又は利用することを許諾するライセンス契約を締結することが通常である。ライセンス契約では、例えば、ライセンス対象の知的財産、対象行為(製造、販売、使用、複製、改変等)、対象許諾期間・地域・製品、対価等を定めることが少なくない。

 「③権利を譲渡する方法」による場合、一般的に、権利者が期待するのは、譲渡対価である。もっとも、その評価が難しい場合も少なくない。譲渡の対価の算定方式としては、対象知的財産が生み出すキャッシュフローに着目するDCF法(ディスカウントキャッシュフロー法)、対象知的財産取得に関するコストに着目する原価法、対象知的財産の市場価格を考慮する類似価格法等がある。いずれの方法にも一長一短があるが※15、事案や価値評価の目的に照らして、適切な算定方式を選択し、その結果を勘案しつつも、譲渡対価を決定することが少なくない。

 イ 権利化と秘匿の使い分け

 技術に関する知的財産の保護を図る場合、一般的に、特許権の取得(権利化)又は秘匿※16が選択される。

 特許権を取得する場合、その代償として技術の公開が要請される※17。例えば、特許発明の場合、原則として、出願日から1年6か月が経過した場合、特許請求の範囲に記載された技術について、特許明細書の発明の詳細な説明欄により、特許発明の内容を公開することが必要になる(特許法64条1項)。その保護期間は、原則として、出願日から20年である(特許法67条1項)。また、対象となる特許発明の保護を図るためには、積極的な権利行使が必要となり、その前提として、被疑侵害者の技術分析を特許権者が実施することが重要になる。

 他方、秘匿は、主として営業秘密制度又は契約の利用により技術やアイデアの保護を図るものである。技術やアイデアの秘密管理措置をとること、特に、自社の従業員や取引相手(共同開発相手、外注先等)といった第三者等に技術情報へのアクセスを許す場合には、目的外利用禁止や第三者提供禁止の義務を課すことでその保護を図ることが一般的である。その保護期間に、法定の制限はなく、技術情報が公知にならない等、法律の定める保護要件を満たす限りは、半永久的にその保護を図ることできる場合がある。また、権利化と異なり、秘匿情報の不正使用、取得又は提供がある場合(又はそのおそれがある場合)を除けば、保護を図るために第三者に対する積極的な権利行使は要さない。

 権利化によりその保護を図るか、秘匿によりその保護を図るかの選択の基準として以下の要素がある。自らの事業と情報の性質・内容を勘案の上で、いずれの方針を採用するか検討することが重要である。

 特に、このような権利化と秘匿を組み合わせて、協調領域においては、技術情報の実施又は利用を非独占的に許諾する一方(オープン戦略)、競争領域においては、技術情報を秘匿し、又は独占的に実施・利用・許諾する(クローズ戦略)考え方は、「オープン・クローズ戦略」とも呼ばれ、その重要性は増している※18。養殖関係者においても、知的財産保護の必要性を認識し、知財マネジメントとして、適切に知財戦略を立案し実施することが重要である。

 (3) 技術・アイデアの保護

 ア 権利化

 (ア) 特許権による保護

 養殖業における知的財産を特許権により保護している例として、次のものがある。 

 ① 養殖装置(特許第6559381号、特許第7103558号)
 ② 養殖システム(特許第7074288号、特許第7112070号)
 ③ エサ・餌料(特許第7054088号、特許第5415299号)
 ④ 養殖方法(特許第6749691号、特許第6344563号)
 ⑤ 養殖魚そのもの(特許第7036890号、特許第6923140号)

 各特許発明の概要は、別紙のとおりであるが、一般的な考え方は次のとおりである。 

 まず、①養殖装置や②養殖システムを自社で開発し、販売する場合、第三者がリバースエンジニアリングを通じて技術解析ができるため、技術の秘匿で保護するのではなく、積極的に特許出願を行い、特許権による保護を図ることが好ましい。他方で、養殖装置や養殖システムを自社開発した後、厳密な秘密管理の下で自社でのみ使用する場合は、養殖装置や養殖システムであっても、技術内容を第三者が知ることは困難であるため、特許出願をするのではなく、技術内容の秘匿を選択することもできる。

 この考え方は、③エサ・餌料についても同様に当てはまるが、①養殖装置や②養殖システムと比べて第三者が入手し、かつこれを分析できる可能性が高いため、技術内容を秘匿するよりも、特許出願による権利化が好ましい場合がある。

 ④養殖方法は、屋内養殖等の場合でもない限り、第三者が養殖方法を外部から視認できる場合もあるため、技術の秘匿による保護が難しい場合が多いと思われる。そのため、技術の秘匿化ではなく、積極的に特許出願を行い、特許権による保護を図ることが好ましい場合がある。

 ⑤養殖魚そのものは、譲渡を前提とするため、秘匿化することはできず、特許権による保護を図ることになる。ただし、養殖魚全般が特許発明として保護されるのではなく、数値限定発明等の場合に特許発明として保護され得る。

 (イ) 意匠権による保護 

 養殖業における知的財産の意匠権による保護の例としては、養殖いかだ用フロート(意匠第1093979号)がある。

 イ 秘匿

 (ア) 不正競争防止法による保護(営業秘密としての保護)

 養殖に関する有用な技術、手法等を秘匿する方法としては、不正競争防止法における営業秘密として管理、保護する方法が挙げられる。前述の保護対象の中には、権利化が難しく、また、第三者による模倣が比較的容易なものも含まれるため、これらについては、秘密として管理する(秘匿する)方が有益な場合も多い。 

 保護したい情報が、不正競争防止法の「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)として法的に保護されるためには、①秘密管理性、②有用性、③非公知性の3つの要件を満たす必要がある。この3要件を全て充足する場合には、当該情報の不正取得、使用、開示等の行為に対して、不正競争防止法に基づく差止請求(不正競争防止法3条)や損害賠償請求(不正競争防止法4条)等の民事上の救済措置や罰金等の刑事罰(不正競争防止法21条及び22条)の適用が可能となる※19。

 なお、養殖業に関する有用な技術、手法に関する情報は、その内容が整然と整理され言語化、データ化された形式知の状態で存在しているとは限らず、暗黙知として存在していることも多い。水産物は、他の動物や植物と異なり、産卵数が多く、個体としてではなく群として扱われることが多く、また、海面養殖の場合には、天候、波浪、潮流等の環境要因に大きく左右される。例えば、飼育環境条件や給餌方法等の情報が、業務従事者の長年の経験に基づく暗黙知とされている場合も少なくない。暗黙知でも営業秘密としての保護を受けることはできるものの、その技術、手法に関する情報を第三者に盗用され紛争になったとしても、営業秘密の内容や盗用がされたことを立証することが困難となる。そのため、有用な技術、手法に関する情報については、内容をマニュアル化、データ化する等して整理し、適切に管理することが重要である。

 (イ) 不正競争防止法による保護(限定提供データとしての保護) 

 有用な情報の中には、自社内や限られた範囲で秘密として管理するのではなく、一定の条件のもとで相手方を特定して提供することが想定される情報もあり得る。例えば、各地域の養殖業関係者を広く集めて行われる技術指導や情報交換会等で提供される情報である。このように、一定の条件を満たす特定の者に(積極的に)提供することが想定される情報については、秘密管理性の要件を欠き営業秘密としての保護が受けられない可能性があるが、他方で、不正競争防止法の「限定提供データ」としての保護を受ける場合がある。

 「限定提供データ」は、IoT、AI等の情報技術が進展する第四次産業革命を背景に、ビッグデータ等の利活用推進を目的として、商品として広く提供されるデータや、コンソーシアム内で共有されるデータ等、事業者等が、ID・パスワードによる管理を施して、一定の条件の下で相手方を特定して提供するデータを念頭において、平成30年の不正競争防止法改正により新設された。以下の要件を満たす場合には、不正競争防止法の「限定提供データ」(不正競争防止法2条7項)に当たり、その不正取得、開示等の行為に対する差止請求等の民事上の救済措置が認められる※20。

 ① 業として特定の者に提供する情報であること(限定提供性)
 ② 電磁的方法により相当量蓄積されていること(相当蓄積性)
 ③ 電磁的方法により管理されていること(電磁的管理性)
 ④ 技術上又は営業上の情報
 ⑤ 秘密として管理されていないこと
 ⑥ 無償で公衆に利用可能となっている情報と同一の限定提供データでないこと(非オープンデータ)

 なお、電磁的方法により相当量蓄積されていること(相当蓄積性、要件②)の趣旨は、有用性を有する程度に蓄積している電子データ(いわゆるビッグデータ)を保護対象とすることにあり、電磁的方法により蓄積されることが必要となる。そのため、前述の有用な情報につき限定提供データとして保護を受けるためには、管理する情報をデータ化して一定程度蓄積することが必要となる。

 また、秘密として管理されていないこと(要件⑤)の趣旨は、営業秘密と限定提供データの2つの制度による保護の重複を避けることに留まり、両制度による保護の可能性を見据えた情報管理を排するものではない※21。自社で管理する情報を秘匿するに当たり、営業秘密と限定提供データのいずれの制度で保護したらよいか迷う場合には、営業秘密と限定提供データの両制度による保護を想定し、営業秘密として管理する(秘密管理性)とともに、秘密管理性や非公知性等を理由に営業秘密としての保護を受けられない場合に備えて、ID・パスワード等による管理(電磁的管理性、要件③)を併せて行うことが、有効である。

 (ウ) 契約による保護の重要性(不正競争防止法による保護との関係)

 前述のように、我が国における魚類養殖業が多くの関係事業者の関与のもと成り立っている実情を踏まえると、特定の企業グループがサプライチェーンの全工程をグループ内で完結できる(垂直統合できる)場合等の限られた場合を除き、自社が保有する有用情報(例えば、種苗生産技術、給餌方法等の飼育技術に関する情報や、配合飼料に関する情報等)を自社内にのみ留めておくことは事実上困難な場合も少なくない。そうすると、自社が保有する情報を秘匿する場合であっても、一定の範囲で外部に情報を開示、提供する場合がある。このような提供先からの情報の意図しない流出を防ぐためには、契約によって、情報の受領者に対して秘密保持、第三者提供禁止義務等を課すことが重要となる。

 この場合に締結する契約としては、具体的事情に応じて様々な契約類型が考えられるものの、一般的には秘密保持契約書(NDA)を取り交わすことが想定されるため、以下に、秘密保持契約書において定めるべき項目を例示する※22、23、24。

 ※1 FAO「Fishstat(Capture Production, Aquaculture Production)」及び農林水産省「海面漁業生産統計調査」
 ※2 農林水産省「漁業経営調査報告」(平成27年~令和元年)参照。
 ※3 農林水産省「養殖業成長産業化総合戦略」(令和3年7月)(https://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/yousyoku/attach/pdf/seityou_senryaku-4.pdf)20頁以下
 ※4(知財法関連法表内) すなわち、技術的なアイデアである。
 ※5(知財法関連法表内) 地理的表示(GI)は、私権を付与する制度ではないことは留意していただきたい。
 ※6(知財法関連法表内) 「著名」は、全国的に知られているような場合が一般的に想定されるのに対して、「周知」とは全国的に知られている必要はなく、一地方において広く知られていれば足りる。経済産業省知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法(令和元年7月1日施行版)」76―77頁。
 ※7 営業秘密として不正競争防止法による保護を受けるためには、後掲第2・4・(3)・イ・(ア)において紹介しているように、秘密管理以外にも、要件を満たす必要がある点に留意が必要である。
 ※8 養殖用装置全体又は部分の形状に、創作性(著作者の個性)があれば、著作権(応用美術)として保護される場合もあるが、実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えていない限り、著作物に当たらないという裁判例があり(例えば、知財高裁平成28年10月13日判決(平成28年(ネ)第10059号)、知財高裁平成28年12月21日判決(平成28年(ネ)第10054号)、養殖用装置の形状が著作権で保護される場面は、一般的には、限定的である。
 ※9 特許庁「地域団体商標登録案件一覧」(https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/ichiran/index.html)(最終更新日:令和5年1月31日) 
 ※10 農林水産省「地理的表示法に基づく登録されている地理的表示一覧」(https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/index.html)(最終更新日:令和5年1月31日)
 ※11 例えば、特許法は、特許権者は業として特許発明を実施する権利を専有すると定めているため(特許法68条)、無権限者が、特許発明を業として実施する場合には、特許権を侵害することになる。一例として、「物の発明」については、その物の生産、使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出等が実施行為に該当する(特許法2条3項1号)。なお、地理的表示(GI)は私権を設定するものではないことは留意していただきたい。 
 ※12 これに附帯して侵害品の廃棄請求等が認められる場合もある。
 ※13 その他の救済として、侵害者が侵害行為で不当に得た利得を権利者等へ払い出させることを求めること(不当利得返還請求)や、さらに、侵害行為により業務上の信用が毀損されたような事案では、侵害者に対し、棄損された権利者等の信用を回復させるための一定の措置(謝罪広告等)をとるよう裁判所に命じてもらうことができる場合もある(信用回復措置請求)。
 ※14 その違反は刑事罰の対象になる場合もある。
 ※15 基準としては原価法が明確であり、これが用いられることも少なくない一方、知的財産創出に要したコストがその価値と必ずしも連動するわけではないとの問題もある。
 ※16 本ガイドラインでは非公知である状態を含む概念として整理する。
 ※17 令和4年5月11日に成立した、経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(令和4年法律第43号)により、特許出願の非公開制度が導入され、公にすることにより国家及び国家の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が記載されている特許出願については、出願公開等の手続を留保することが可能になった。
 ※18 https://faq.inpit.go.jp/content/tradesecret/files/100578260.pdf も参照していただきたい。 
 ※19 各要件の詳細については、経済産業省「営業秘密管理指針」(最終改訂平成31年1月)(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31ts.pdf)参照。
 ※20 各要件の詳細については、経済産業省「限定提供データに関する指針」(最終改訂令和4年5月)(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31pd.pdf)参照
 ※21 経済産業省、前掲注20・15頁参照。
 ※22 秘密保持契約書の具体的条項の例としては、「養殖業における営業秘密の保護ガイドライン」【参考】ひな型①~④も参照していただきたい。
 ※23 秘密保持契約書の例としては、経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」(最終改訂:令和4年5月)(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/full.pdf)【参考資料2】「各種契約等の参考例」の秘密保持契約書等も参考となる。
 ※24 ただし、あくまでも参考例であり、実際に秘密保持契約を作成する際には、開示先の範囲、秘密情報の範囲や利用態様、情報開示が一方的か双方向かなど個別具体的事情に応じて、適宜、条項の取捨選択や内容の変更を行うことが重要となる。

[みなと新聞2023年5月29日18時20分配信]
https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/

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