陸上養殖による水産物の生産が各地で広がっている。陸上での生産で漁業権が関与しないため、外資や水産以外の大手企業を含む異業種による新規参入も増えている。また漁業者の高齢化や減少に加え近年の高水温や海洋環境の変化による漁獲の不透明感を背景に、各地の漁協から「減少した漁獲分を陸上養殖で補って生産したい」との要請も高まっている。ただ、大規模な閉鎖循環式陸上養殖システム(RAS)は高額な初期投資とランニングコストが最大の参入障壁だ。国内の陸上養殖の産業化に向け、課題と将来像を考える。
RAS生産30年に2.7万トン1700億円
「現在の陸上養殖はこれまで複数回あった一過性のブームとは異なる。課題を解決し産業化へ道筋を」。陸上養殖を研究する東京海洋大の遠藤雅人准教授は力を込める。
水産庁は拡大する陸上養殖の実態把握を目的に、内水面漁業の振興に関する法律施行令を改正し2023年4月から陸上養殖の届け出制を施行した。
水産庁の陸上養殖業実態調査によると、24年1月1日時点の養殖場の届け出数は662件。種類別の上位3種はクビレズタ(ウミブドウ)146件、ヒラメ132件、トラフグ99件と続く。新規参入が相次ぐサケ・マス類は74件のうち、トラウトは38件、アトランテックサーモンを含むその他のサケ・マス類は12件。バナメイは72件、ウニ類は65件だった。陸上養殖は大規模生産の参入が注目されるが、小規模生産が主体である実態が改めて明らかになった。
調査会社の富士経済(東京都中央区)によると、循環式水槽で陸上養殖した水産物の国内販売は24年の実績で数量4730トン・金額293億円。25年は24年比5割増の7300トン・455億円、30年に2万6500トン・1700億円と年率34%の拡大を予測する。
富士経済は「陸上養殖はイニシャルコストが高く、電気代などのランニングコストも上昇基調にあることから今後の市場拡大にはブランド化による高価格帯での販路の確保が重要」とし、「将来的には養殖事業者の淘汰(とうた)も進む」と想定する。
国内の海面では不可能だったアトランのRASでの大規模生産が本格化している。ノルウェー資本のプロキシマーは静岡県小山町で生産した魚を24年9月に初出荷した。第1フェーズの総事業費は約220億円で、セミドレスに加工し年産5300トンを計画する。
ピュアサーモンジャパンは津市で27年初出荷、年産1万トンを計画する。母体企業は727億円を調達した。
マルハニチロと三菱商事が設立したアトランドは富山県入善町で29年初出荷を予定し、年産2500トンを目指す。資本金は最大110億円。
RASでのトラウトに異業種の各社が乗り出す。FRDジャパンは千葉県富津市に商業プラントを建造中。23年7月に三井物産などから総額210億円を調達した。27年の初出荷、年産3500トンを目指す。
ニチモウや九州電力らが設立したフィッシュファームみらいは九電豊前発電所内の独自のRASで23年に初出荷、年300トンを生産する。将来的に3000トンの増産を目指す。
NECネッツエスアイと林養魚場は合弁でNESIC陸上養殖を設立。山梨県西桂町で年産500トンを生産する。
出口から生産体制設計を
陸上養殖は潤沢な資金力を背景にした大規模生産が注目される一方で、京都大発の養殖技術ベンチャー、リージョナルフィッシュ(京都市)の梅川忠典社長は「漁業者の高齢化や異常な高水温を受けて、全国各地の漁協から『陸上養殖で漁の不足分を補いたい』との要請が増えている」と話す。陸上養殖での大規模生産には膨大な資金が必要で、資金が最大の参入障壁となっている実情がある。天然水産物の安定供給を不安視する漁協などが失った収益を補填(ほてん)する“地に足がついた”陸上養殖事業の構築が急がれる。
遠藤准教授は「陸上養殖はあくまで漁業の下支えで天然資源の補完であるべき」と指摘する。「小規模の陸上養殖では地元で獲れなくなった魚など確実に需要がある魚種の選定が重要。出口(=販売先)を確保し、逆算して生産体制を設計すべき」と強調する。
日本の種苗生産、飼料の配合設計は世界に誇る高度な技術を持つ。加えて陸上で養殖生産を行うあらゆるシステムも、国内企業が持つ既存の高い技術の応用や転用により実現できる。
全国各地に地魚を生み出すとの理念を持つリージョナルフィッシュはNTTと共同で陸上養殖事業会社のNTTグリーン&フードを設立した。NTTドコモビジネス(旧NTTコミュニケーションズ)は高級魚種の陸上養殖システムを提供する新会社、NTTアクアを24年に設立。30年までに累計売り上げで数百億円規模を目指す。
遠藤准教授は電力のマイクログリッドのような発想で、陸上養殖の分散型小規模生産を説く。日本に根差したマイクロRAS生産が各地で根付き、地域を興すビジネスモデルの構築が待たれる。
[みなと新聞2025年9月26日17時50分配信]
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