みなと新聞

【みなと新聞】丁寧な対話で漁場と水利権獲得 『日本サーモンファームの挑戦』(下)

2025.10.22

 UMINEKOサステナビリティ研究所(USI、札幌市、粂井真代表)との日本サーモンファーム(青森県深浦町、鈴木宏介社長)視察についてリポートする本連載。年間3500トンのサーモントラウト生産を達成し、5年後には1・2万トンをにらむ同社の、徹底的な事業効率向上の背景を探る。独自の人的ネットワークを活用した漁場や水利権の取得、それによる地域への安定的な雇用機会の創出が鍵となった。

 国内で大規模養殖を行うに当たり、ハードルとなるのが、広範囲の漁業権を得ること。漁業権がない海域に新たに権利をつくる場合、この権利を誰に与えるかは県知事の裁量だが、漁協からの合意は「地域への利益還元や協力体制を守るなどの観点から、実質的に必須と考えている」(日本サーモンファーム)。

 同社は、定置網漁や水産加工の経験豊富なホリエイ(深浦町、堀内精二社長)と協力し、県内の漁業関係者らとの人脈を活用した。県職員だった経験のある野呂英樹氏をアドバイザーに迎えるなどで準備を進め、5つの漁協の組合員となりつつ、漁業権のなかった海域に新たに設定した養殖の権利を取得。漁協に権利行使料を支払う。漁協は新たな安定収入を得られ、県は新たな雇用や税収を期待できる。この体制が、漁業権への合意形成につながった。2025年現在、1万2000~1万5000トンの生産が可能な広さの海面漁場を得ている。

 同社のサーモンは漁協や産地仲買を通さず、全量を親会社であるオカムラ食品工業(青森市、岡村恒一社長)の工場で計量して出荷。単価は出荷時期の4~7月を前に、1~2月ごろから同社営業が国内外の消費地の顧客と交渉し、世界的な相場をみて決める。

 増産に向け、同社の次なる課題は、サーモンの稚魚を育てる中間育成場の増強。育成場に良質な淡水を得ることが重要だ。同社には井戸水を電動でくみ上げる育成場もあるが、水質と水温が良い地元の川の水利権を得て効率化できたケースも複数ある。水利権の獲得には国や県が管理し、水源を利用する多様な関係者と利害調整が必要になる。ここでも同社の人脈や、地域と丁寧に対話する姿勢や事務作業能力が生きた。現在は秋田県でも新たな中間育成場の建設が進んでいる。

 今後、懸念されるのが気候変動。川の水の温度や量が変わり、中間育成場に使いづらくなる可能性を念頭に、井戸水の活用も同時進行する。現在、海面養殖場を青森県内に5カ所、北海道に1カ所と分けているのも、水温や気象条件の変化をにらんだリスク分散だ。

 養殖業が競争力を持つには、前回書いたようなコスト低減が欠かせない。一方で、先述のように、地域からの協力を得るためには、域内に安定した雇用や税収をつくる、つまり一定のコストをかける必要もある。このバランスが、同社の特徴といえる。機械化・自動化によって、作業コストの単価を下げつつも、生産量を増やすことで雇用の人数を増やす。現状、同社の社員数は約30人で、養殖現場は日本人のみ。「若い人材が集まりやすい。周辺産業より給与も高く、将来性も感じてもらえているのだと思う」(野呂氏)

大規模養殖の役割、日本でも

 生産の効率化・大規模化と魚の低単価化が進むことで、小規模漁業が競争にさらされ、漁村の雇用・地域コミュニティーが痛むのではという懸念は、今も漁業関係者から聞かれる。ただ、欧米や中国など、世界で養殖は成長中。技術が発展すれば、遅かれ早かれ、より安価に、より多くの魚が世界の市場に、日本にも入ってくるだろう。日本の漁業・養殖が他国に淘汰(とうた)されず、食料や外貨をもたらし続ける際、大規模効率化・低単価化は求められる。

 幸い、世界的に見ても、わが国は、多種多様な魚種を付加価値化し、高単価市場に送り込める生産・流通システムや人材が豊富。単一魚種を効率的に生産できる大規模養殖とのすみ分けを図りやすい。日本サーモンファームをはじめとする大規模養殖が、日本でどのように成長し、水産業界で、国民社会で、どのような役割を果たしていくのか。今後も目が離せない。

[みなと新聞2025年10月20日17時50分配信]
https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/

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