みなと新聞

【みなと新聞】沿岸の回復機会失う危険 【連載】水産庁予算の“攻めあぐね”〈1〉

2025.12.03

研究縮減「二の舞い」避けよ

 海の環境が激変する中でも水産資源を維持回復するため、必要な調査研究が、漁業補助金の肥大化によって細る―。そんな近年の傾向を見直すとして5月、自民党の水産総合調査会・水産部会などが「水産政策の新たな展開に関する提言」を首相官邸に届けた。これは6月に政府の「骨太方針」にも反映された。だが8月末、水産庁が財務省に来年度予算総額を34%増やし2495億円とするよう要求したのに対し、資源研究予算への要求は23%増止まり。数倍の予算要求があった漁船建造などと比べ、今回も優先度は劣後した。特に薄いのが、漁獲枠(TAC)の設定がない沿岸性魚種の研究や、漁業者との対話する人材・機会の確保。沿岸漁業の未来に、不安が強まる。

科学へ投資示すがトーンダウン

 日本海域(沿岸と沖合)はピーク時の1984年と比べ、7割以上の漁獲を失った。政府の研究をみると、漁業者や漁船の数以上に魚自体が減ったと考えられる。多くの資源で漁獲努力量(例・漁船が1回網を引くなど)当たりの漁獲などが減っているためだ。昨年度の水産白書によると、国の分析対象88資源のうち56%は親魚不足または低位水準。減った原因は資源ごとに、水温上昇、生息環境の消失、過剰漁獲など異なると考えられる。それぞれの減少に、どの要因が大きかったか不明なままでは、環境修復も獲り控えも、適切にはできない。

 ただ、日本の資源研究関連予算は少ない。農林水産省OBなどが運営するUMINEKOサステナビリティ研究所(USI)によると、今年度の米国の半額にも満たない。背景として、漁業関係者からの補助金の要求を満たすために科学予算を削ってきた近年の傾向があった。今年は自民党水産総合調査会などが、資源の維持回復を意識し、「攻めの水産予算」を標ぼう。調査研究の改善で環境変化に対応した漁業ができるよう提言し、政府の「骨太方針」にも反映された。

 実際、8月の水産庁から財務省への予算要求では、政府として漁獲枠を定めるマサバやスルメイカ、サンマなど重要魚種について、研究費増額を求めた。気候変動をはじめとした海洋環境の変化が、資源の成長や増減にどのように影響しているか、早期の察知を目指す。この点は前進といえる。

 とはいえ、今回の予算要求には「攻めの予算」とは言いきれない、いわば“攻めあぐね”が目立つ。資源研究そのものは23%増の86億円の要求止まり。資源管理強化をうたい漁業法を改正した2018年は、翌年度予算折衝で資源調査に197億円を求めており、昨年ですら89億円は要求していたが、まさかのトーンダウンだ。

 水産研究・教育機構の人件費や研究費などを支える運営費交付金は来年度13%増・192億円の要求ながら、水産庁内から聞こえるのは「機構の人員を減らさない意識」。機構内から「人手不足で、きめ細かい研究ができない」と聞こえる中で、近年のコスト増加分を埋める要求にとどまり、別予算による外部人材の登用も限られる。「改善」の意思は読み取れない。

 そもそも、これらの増額要求を、全額得られる保証もない。18年の折衝で、漁業団体から要求が強かった漁船リース事業などへ予算が偏重し、197億円を求めた調査予算には75億円しか得られなかった。研究予算の不足がたたり、水研機構は全国9あった研究所を2つに縮小再編。今回も要求を下回る予算しか得られないようであれば、研究者の人員削減に直結すると、組織内からの悲鳴も絶えない。

小規模漁業の価値再認識を
管理協定に必要な実効性

 このまま水産庁の研究予算が伸び悩んだり、研究者の人数が削られたりすることがあれば、最も危機にさらされるのは沿岸の小規模漁業だ。

 今年、水産庁が財務省に求めた研究予算の増額は、原則、漁獲枠がある魚の研究に当たる。だが、政府がTACを設定する資源は、国自ら管理する必要性が強い(漁獲量が多い、広く回遊するため単県だけで管理しづらいなど)30種類54群のみ。数百といわれる食用魚種のごく一部にとどまる。

 水研機構のあるベテランは「漁獲枠対象種の評価と資源管理は重要」と認めつつ、「地域性が高い(回遊する県が少なく、国として漁獲枠を設定しない)魚種への調査・研究は進展していない。これでは、各地の食文化を支えられない」とため息をつく。理由は「人員不足、予算不足。県レベルの研究機関の弱体化や、国の科学者の研究が重要種に偏り過ぎていること」とみる。

 漁獲枠のない魚種の漁獲割合が高いのは、沿岸の小規模漁業とされる。枠がない魚種を管理する鍵は、藻場干潟など環境面の改善と、漁業者の自主的管理などを行政から認定する資源管理協定。前者では、どの魚種を効果的に回復させるためにどの環境要因をどのような手法で修復すると効果的なのか、後者は各資源の漁獲をどの程度に抑えれば維持回復できるのかが重要だ。いずれにしろ科学的な検証の必要性が高いが、現状で十分とはいえない。

 藻場回復などに向けた水産庁の環境改善事業には、北海道から九州までの実践現場から「科学的な効果検証や手法改善が不十分。効果を出すことより、公共工事や補助金などの予算を得ることが目的化していないか」との指摘が本紙に届く。幸いJF全漁連や東京大、日本財団が海洋環境データ収集の取り組みを強めるなど光明も差す。効果的な資源回復につなげるため、どの魚種がどの環境要因の影響を受けやすいか、どのような条件の海域にどの環境修復策が有効か、といった検証も強めたい。

 資源管理協定については本来、現時点の最善の科学に基づいて目標と取り組みを定めて公表し、数年に1度見直さなければならない決まり。だが現状、行政(国と秋田県)資料によると、現状の協定の91%は休漁措置。休漁内容についても、元々漁に出ていない時(しけの日や休市日、魚が来遊しない時期など)が形だけ休漁扱いされるなど、実効性欠如が専門家らから指摘される。水産庁内部からも、協定の大部分は機能していないとの声が漏れ聞こえる。

 協定に入った漁業者は減収補填(〈ほてん〉=積立ぷらす)など国からの補助金を受けられる。厳しい資源管理に取り組む漁業者が、そうでない漁業者と同じ補助しか受けられない不公平。脱却には、管理それぞれの効果が十分か、的確に判断するデータと分析が必要となる。

 

政府に求められる増額への積極姿勢

 どのようなデータをどの県から集めるかを主導する政府の研究機関、実際に魚市場や海に出てデータを集める都道府県の研究機関の活躍は必須となる。まして気候変動で各県の魚の分布が変化するいま、国の主導はより重要となる。一般的に水温が高い海ほど魚の種類は増え、1魚種当たりの量は減りやすいとされる。つまり国が漁獲枠を設定できない、枠以外の管理協定が必要な魚種の割合が恐らく高まる。

 だが今年、水産庁は漁獲枠のない魚種の研究予算の増額をほぼ要求せず。予算要求についての会見で理由を問うと、回答は「すべての魚種を満遍なく(研究するの)は難しい」。枠のない魚に、枠のある魚と同水準の研究費をかけられないのは現実だろうが、増額の要求自体を渋るというのは、意欲の欠如を指摘せざるを得ない。

 現状を受け、全国の漁業者5人や筆者自身を含む15人の有志チーム「水産未来サミット 国に現場の声を届けるプロジェクト」は9月、沿岸資源への研究強化や、補助金の不公平の是正を求める政策提言を、小泉進次郎農水相(当時)に手渡した。

 提言では、水研機構のみならず各県の研究機関への業務委託やパート職員雇用などで、初期費用6000万円程度プラス毎年7億円程度でも、各県9魚種程度の簡易的なデータ収集と科学的な管理が可能と試算した。県の行政と地域内の漁業者の距離感が近く、漁業者の耳に痛い管理改善などの勧告をしづらい構造も意識。県の資源研究に国の研究者から助言する設計だ。

 現状、研究の外部委託やパート雇用などに必要な「水産資源調査・評価推進事業等」は、来年度要求が23%増にとどまり、沿岸資源の評価改善案も明記されていない。ただ、水産庁予算全体同様(34%増)の要求をすれば、十分に8億円弱を捻出可能だと計算。漁業現場が科学者と信頼・尊敬し合えるよう、対話の場を増やす事業(年2億円ほど)も提案した。

 沿岸漁業は国内の漁業経営体の9割超。日本の多様な魚食文化、膨大な雇用、経済効果、漁村社会、食料安全保障、国境監視などを支える。有名料理人が多く名を連ねる団体シェフス・フォー・ザ・ブルーは「沿岸漁業は魚種が多様かつ、高品質化しやすい。その資源を維持回復できない限り、食の多様性も、飲食店の魅力も損なわれる」と不安視する。

 財務省などが漁獲量の少ない沿岸漁業の管理に消極的との見方もあるが、「沿岸を軽んじてはいけない。国内の寿司店は18年に1・3兆円の市場規模を持ち、寿司種のほとんどは沿岸魚種。また飲食店はインバウンド客招致の目玉の一つで、観光庁の24年調査によると年1・7兆円の外貨獲得に貢献している。飲食店の魅力低下が国益に傷を与えぬよう、沿岸の資源回復に相応の投資をすべき」と強調する。

 「沿岸漁村が衰退すれば、そこから沖合漁業者への人材供給も減る」と危惧する漁業者も。漁獲枠の対象外だからと科学研究と管理への予算計上を渋る現状は、より大きな経済的・社会的恩恵を放棄するに等しい。

[みなと新聞2025年11月20日17時50分配信]
https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/

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