みなと新聞

【みなと新聞】研究予算不足 スルメイカ枠に影 【連載】水産庁予算の“攻めあぐね”〈2〉

2025.12.03

 水産資源の回復へ、過不足ない漁獲制限や海洋環境の修復を図るには、資源が増減する原因を探り、漁業現場などと共有して、実効的な対策をつくる必要がある。だが、これが研究予算や人員の不足で妨げられているというのは前回の通り。今秋に世間の注目を集めたスルメイカ漁獲枠(TAC)問題でも、同様の構造がみられる。

迅速な分析、なお課題

 スルメは今夏、三陸沖の漁場に来遊が多く、漁獲枠を急速に消化した。操業停止を恐れた漁業関係者や国会議員は水産庁に増枠を要請。9月と11月には水産庁が急きょ水産政策審議会資源管理分科会を開き、今漁期(4月~来年3月)漁獲枠を当初の1万9200トンから2万7600トンにまで緩めた。

データ不足の増枠「危険な賭け」

 ただ、増枠の必要性を訴えた議員のSNSアカウントやマスコミのオンライン記事では、コメント欄に批判が殺到。「いいね」数が、投稿本体より批判コメントに多くつくケースも相次いだ。理由は乱獲リスクだ。

 日本近海のスルメ、特に太平洋側の主力となる冬生まれの個体群は資源が少なく、直近2023年時点の推定親魚量4・2万トンは政府の定めた目標の16%のみで最低目標(限界管理基準値)すら下回った。今年は北日本の漁場の来遊量の指標値が高かった(夏場の三陸は、親魚量が直近の5倍あった14年に近い値)が、偶然、水温などが良く漁場に集まっているだけか、資源量自体が増えていたのか、裏付けるデータは乏しかった。この時点で資源が改善したとみなし、数時間の会議で増枠を決めた判断が、早計との批判につながった。

 スルメ漁獲枠を緩めるよう働きかけた関係者らの「スルメは寿命が1年のみ。環境条件次第で卵や仔魚の生き残り量や資源量の予測が大きく外れやすい。その年の生き残り状況に合わせた枠でないと信頼性が薄い」という主張は的確。一方、「獲り残しても1年で死ぬ資源なのだから、なるべく獲っておいた方が良い」との一部主張は行き過ぎてもいた。同群は、親世代が多いほど子世代の発生が増えやすい傾向を水産研究・教育機構が認めている。

 環境要因に左右されやすい魚種の代表格であるマイワシやクロマグロでも、親魚が少なすぎれば、子世代が生まれづらいという論文は出ている。スルメも、冬に産卵する分の親を残さなければ、来年以降の資源と漁獲がさらに減るリスクは高い。

 資源が豊富な時期であれば見切り発車で漁獲を伸ばしても打撃は少ないが、最低水準を脱したか否か、確信も持てない段階で漁獲枠を増やしたのは、スルメ資源と漁獲の低迷を長期化させかねない「危険な賭け」といえた。

 本質的に求められるのは、本当に資源が十分発生した年に漁獲枠を拡大でき、資源が足りない時には漁獲を抑えて産卵量を確保できる体制。現状2年前の親魚量を基に決める漁獲枠を、リアルタイムのデータで修正できるようにする▽一部漁場だけでなく生息域の広範なデータを基に、資源が本当に豊富か判断できるようにする▽資源が多そうなら枠を増やし、少ない年は枠を絞る―という柔軟性が重要となる。

 スルメを主力とする漁業団体からも「枠が(資源量の速報で)増えることがあれば、減ることがあっても良い」との意見は出始めている。

柔軟なスルメ枠の改定へ
必要な体制と予算とは

 スルメについて、リアルタイムで広範・高精度の資源量推定し、柔軟に漁獲枠を改定するには、①より多くの漁場から来遊量(例・操業数当たりの漁獲量)データを集めること②漁場だけでなく他の生息場のデータも照らし合わせること③データを基に迅速に資源量を分析できる方法と体制の確立―の3点が必要となる。

 ①漁業データの提供については、沖合底引網やイカ釣の漁業者からも、産地市場データを抱える漁協系統からも、協力したいとの声が相次ぐ。全国ほぼすべての産地市場から都道府県行政へのデータ速報システムも水産庁が整備済み。残る課題には、データ速報をしていない市場や県が一定数ある▽資源量の推定に重要なデータ(詳しい漁獲努力量、操業条件など)を出す漁船が少ない▽集めたデータを資源分析へ転用できない(都道府県が水研機構へのデータ提供を拒否するなど)ケースがあること―が挙がる。だが今年、北海道の小型イカ釣で漁獲速報の実証化が始まっており、今後、体制の確立や普及は期待できる。

 ②漁場以外のデータ収集には、営利目的の漁船ではなく研究目的の調査が必要。水研機構内部からは、予算不足から「調査航海が減らないか心配。ただ、外部の船を用船できれば」との声がある。沖底・イカ釣漁業者からも筆者に「用船調査なら協力したい」との意見は届いており、水政審で用船調査の予算確保を提言する委員もいる。用船調査の予算について、同機構内部から「網羅的・本格的な調査でも1カ月数千万円」という声がある。対象魚種や調査回数を複数とっても年間数億円程度だ。早急に検討したい。

 なお、研究精度向上にいくつかの段階と年月が必要になる点には注意が要る。スルメに限らず、今年、漁獲枠の緩さが批判の対象になった太平洋系サバ類なども含め、「どのように資源の回遊ルートや産卵場、卵の生き残り率が変化しているか、これによって資源量の調査をどの海域で行うべきかなどの知見を理解し、更新するには何年もかかる場合がある」(水研機構の研究者)。数年スパンの研究費確保が鍵になる。

 集めたデータの③迅速な分析は、南米のアンチョビー(カタクチイワシ)やアイスランドのシシャモ類などの実例が存在する。日本の資源で新たな計算式(モデル)をつくるため他国からの専門家の招聘(しょうへい)、生物データの大量更新などが必要。水研機構の研究者数人に聞く限り、1資源当たり数千万円の初期投資が妥当と思われる。

 加えて、機構6拠点にもう2人(スルメはじめ浮魚の担当、タラ類など底魚担当)ずつを配置できると、調査航海に出る人員と調査結果を分析する人員を分業でき、分析作業(漁獲枠の見直し)の加速化が可能。実現は年1・2億円程度の予算でかなうとの証言もある。

 政府も資源管理のリアルタイム化に向けた予算措置には一定の動きを見せる。25日に明らかになった補正予算では11億円をスルメやサバの成育環境などの調査体制強化に充当。来年度予算要求でも、少ないながら研究予算を増やすように求めている。今後さらなる予算獲得が必要だろう。

[みなと新聞2025年11月26日17時50分配信]
https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/

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