昨年来、水産業界内外で大きな話題となっているスルメイカ漁獲枠(TAC)。足元の漁業経営のために枠を緩めて多く漁獲するべきか、資源を回復させるため厳しい枠を守るべきか、設定した枠をどのように漁法・県に配分していくべきか、関係者らの意見は分かれてきた。政府は今年、2027年漁期(来年4月から)以降に備え、枠の運用方法を関係者らと議論していく姿勢だ。議論を前向きに行うため、どのような論点がありそうか、不定期連載で考える。

政治に対する疑念解消へ
昨年の問題は、議論が「漁業経営を守るか資源を守るか」に二極化しやすく、獲り控えと漁業経営保護の両立に焦点が当たりづらかったこと。続いて、科学者に政治的な圧がかかり、根拠不足のまま「資源改善、増枠可能」の判断がなされたのでは…との疑心暗鬼を生んだ、過程の不透明さ。そして、先にスルメが来遊した県で枠を消化し、しかも枠消化がリアルタイムで把握されず“後出し”で残枠不足が判明して他道県の漁獲に障りが出た不公平感だ。第1回となる今回は、経営面の保護をテーマとする。
近年の三陸沖は、高水温などから表層にイカが集まらず、比較的水温が低い底層で操業できる底引網以外では漁獲が伸び悩んだ。だが昨年は8年ぶりに黒潮大蛇行が終息した影響からか、夏前以降、スルメが好む水温帯になった。三陸などの魚影は濃く、底引に加え巻網や釣でも漁獲枠の消化が進んだ。
水産庁は毎年、スルメ全体の漁獲枠を漁法別・県別で配分しつつ、残りの一部を留保。留保枠は、年ごとの状況に応じ、資源の来遊や漁獲枠消化が多い漁法・県に追加配分していく。近年、スルメでは枠消化が進むのが沖合底引網などに限られたため、留保枠の配分も沖底中心だった。ただ、今年は多くの漁法が枠を消化。9月上旬、沖底を管轄する全国底曳網漁業連合会(全底連)に対し、留保枠からの追加配分は回数を絞り、2回までとする旨を伝達した。
収入源の不安陥った漁業者
経営不安に陥ったのが、青森―宮城・太平洋岸の沖底。水温上昇や資源悪化が深刻化する前、14~15年漁期も、沖底の水揚金額は青森・八戸で66%、岩手で44%、宮城で31%がスルメに依存していた。「近年は9~10月のスルメが年間水揚額の約7割。禁漁期の7~8月に船をドックに出すため、その費用をスルメ漁の水揚げで充てる経営体も少なくなく、スルメ漁の収入がないと極めて苦しい経営を強いられることになる」(全底連)
三陸の沖底に加え、さらに漁期が遅い北日本のイカ釣などの関係者が、操業が停止した場合の経営への影響などを理由に国へTAC増枠を要請。青森県を地元とする神田潤一衆院議員(自民)や田名部匡代参院議員、北海道の逢坂誠二参院議員、岩手の横沢高徳参院議員(いずれも立民)らも増枠を求め、水産庁による水産政策審議会を経て実現。11月には自民党の小林鷹之政調会長らも加勢して再増枠となった。その際、複数のマスコミが増枠論を後押しする報道をみせた。
2回の増枠で、26年3月までの漁獲枠は2万7600トンとなった。ただ、増枠を自らの成果とPRした神田議員や逢坂議員、増枠を水産庁に迫った小林政調会長、地方マスコミなどのSNSでは、コメント欄に批判が殺到。「いいね」数が、投稿本体より批判コメントに多くつくケースも目立った。
増枠が乱獲を起こし、まだ途上とみられる資源と漁獲の回復を妨げてしまうリスクがあったためだ。
当時のデータでは、三陸の漁場に来遊が多いとはいえ、たまたま水温など条件の良い三陸沖に密集しているだけか、生息域全体で資源が回復したのか不明だった▽太平洋に主に回遊するスルメ個体群(冬季発生系群)の親魚量が、十分な産卵をできる水準の16%のみとみられた―など、科学的には乱獲のリスクを否定できなかった。(昨年11月27日付「連載・水産庁予算の“攻めあぐね”」に詳細)
長い目で「死活問題」回避
選択肢に金融・減収補填
近年、日本周辺のスルメは資源が激減しており、長い目で見れば昨年の漁獲は、過去最悪水準を抜けた程度。増枠は、スルメの産卵を妨げ、資源と漁獲の低迷を長引かせる可能性を高めるギャンブル要素をはらんだ。漁業団体の「死活問題」というコメントを引用して増枠に賛同する論調の報道が昨秋目立ったが、資源の長期低迷のリスクを負うより、休漁の間の漁業経営を支える金融措置などを考える方が、漁業経営を死活問題にさらす危険は低くなりそうだ。
■ポイント①金融施策
求められる対策の本質は、漁獲規制を緩めることではなく、漁業経営を守ること。鍵は、水産庁が漁業者の減収を和らげる「積立ぷらす」だ。漁業者の過去5年間の実績を基に、一定(約2割)以上の減収を補填(ほてん)する制度。ただし1年の漁期が終わり、収入が確定するまで、補填は受けられない。よって三陸の沖底のように、漁期中にお金を得られないと借入金が返せない場面で、経営維持に不安が出てくる。
漁期中から漁業者の資金繰りを支える必要がある。ここで期待されるのが漁協系統などの金融制度。積立ぷらすによる返済が約束された状態であれば、低金利で漁業の運転資金を貸し付けるなどのサービスが拡大すると、多くの漁業経営を支えられる。実際、信漁連の融資によってサクラエビの獲り控えを支えた静岡などの事例もある。今回のスルメでも、積立ぷらすによる返済を見込んだ貸付の事例が出始めているようだ。
今後、ESG(環境、社会、企業統治)投融資の実績をつくり、世間にPRしたい立場の市中銀行などに融資を求めていく道も考えられる。
■ポイント②「やむを得ぬ」漁獲
日本は魚種や漁法が多様とされる。イカ釣などスルメを狙って操業する漁業については、漁獲枠が足りないときに代替漁法に切り替える、それを行政から支援するなど対処が考えられる。一方で、狙っていない魚種を混獲しやすい漁法も多い。他魚種を狙っているのにスルメを意図せず混獲してしまい漁獲枠を超過したり、操業停止を求められたり、という漁業関係者の不安も噴出した。
漁法ごと、シチュエーションごとで、獲れたスルメを生きたまま再放流できるか▽再放流できない場合、漁場にどの程度スルメが多い時に休漁すべきか▽再放流や休漁でどの程度コストがかかるか―を大別し、コストが大きい場合の補償のあり方や、真にやむを得ぬ混獲・枠消化への「恩赦」(国の留保枠の充当)など、対応を具体化する議論が重要となろう。
昨年、三陸に詳しい水産業者から「獲れるからとスルメばかり持ってこられても、魚屋側は商売しづらかった」「春の宮城の沖合底引網のスルメは砂混じりで魚体も小さく価格が低かった。この獲り方は枠の浪費では」などの証言が出た。例えば、低単価の個体で枠を浪費しないよう、魚体が小さい時期の操業制限などを具体化し、それでも獲れてしまう場合を「やむを得ぬ」漁獲と認めるなど工夫は考え得る。
実際、一部関係者からは、春先の小さなスルメを避ける自主休漁など、前向きな議論も聞こえる。前向きな議論は可能だ。こうした努力を行う漁業には、補償策への公金注入にも、納税者から納得を得られる可能性が高まるのではないか。
[みなと新聞2026年1月22日17時50分配信]
https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/
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